私が今でも記憶しているいくつかを挙げてみましょう。
”ビノッキオ”の物語の中では、ロバにされたピノッキオが、サーカスに売られて、まぐさを拒んだために、団長から革鞭で、したたか殴られ、”家なぎ児”では、残忍なガロホリ親方が稼ぎのたりない子供達を、鞭で成敗するくだり、”黒馬物語”では、数多く登場する馬達がいろいろな男達に、酷薄な取り扱いを受け、”フランダースの犬”では、パトラッシスが、薄情な金物屋のオヤジに、鞭と棍棒で半死半生のめにあわされて、捨てられる場面、そしてそれ等の中で私を最も惹きつけたのは、”アンクルトムの小屋”に登場する、農園主レグリーでした。
ああその男はなんと私に素晴らしく見えたことでしょう。
残虐な獣のようなレグリーは、いうことを聞かないトムに、しなやかな水牛革の長い鞭で、トムをぶっ倒れるまで殴りつけ、重たい革の長靴で、蹴とばすすざまじい描写を、私はなんべん繰り返して、読んだことでしょう。
そしてレグリーの顔は、牧場の御者となり、父の顔となって、限りない思慕の情に、変わっていったのです。
とくに父が私を殴りつける場面を空想しては、たまらない衝動にかられるのでした。哀れな奴隷トムのように父から激しい折檻を受けたい、血の流れる程、あのしなやかな鯨芯入りの乗馬鞭で、叩かれてみたいという念願は、募るばかりなのでした。
しかしながら、父は私に対する限り、このうえもなく優しく、寛容に満ち、とてもそのような事態の起こることは、望むべくもないことなのでした。
私の空想は果てもなく広がってっていきました。
いつか私は、自分を涜することを覚え、そのたびに、乗馬ズボンと、長靴を、拍車に飾られた父を想起し乍ら、その足元に転がる哀れな奴隷に吾身を置いて、激しい革鞭の打擲(ちょうちゃく)を頭に描き続けるのでした。
M大将は、私の小学校出身の最大の有名人でした。
そして私達はいつもその偉大さを、教師から聞かされるのでした。私にとってM大将は、別な意味で崇高な人物でした。
なぜなら学校の図書室に、飾られた彼の写真は、私に激しい感動を与えずにはいられなかったからでした。
その写真は、大将が陸軍の軍服に身を固めて、黒馬にまたがっている雄々しい姿だったからです。
無論見事な乗馬長靴と、拍車と、左手には鞭を握られておったことは、申すまでもありません。そしてその顔貌には、支配者としての壮重な威厳と、激しい悍性を表しておりました。
私はその写真にひとめで、惹きつけられ、遂にそれを盗む決心にまで、到達したのです。
ある日の放課後のことでした。私は落ち着かない気持ちで、うろうろしておりました。
やがて校内はひっそりと静まり、私は秘かに図書室に忍び込みました。無論、人影は見えません。
私は机の上に椅子を積み上げ.高い壁に飾られた額を取り下し、震える手でその写真を外しました。
そしてそれをカバンに入れようとして、後を振り向いた時、私は真っ蒼になりました。
なんとそこには、体操の教師が立っていたのです。
40に届こうとするその男は、皮肉な微笑を浮かべていました。
「お前は、何をしようとしたか、俺は、みんな見たぞ。一人でこっそりこの部屋にはいるところから、知っているんだ。
いい度胸だな。こんなことをして、どうなるかお前は知っているか、なんでお前はM大将の写真を盗もうとしたのか、いえるだろうな」
私は素直に謝罪を乞い、適当な理由を述べたら問題は、大ぎくならずにすんだかもしれません。
しかし私には何もいえませんでした。驚きと怖れに、声も立てられずに、放心して立ちつづけるだけでした。
それはその教師に、傲慢と、不敵な印象を与えたのでしようか。
すさまじい平手打ちが私の頬になりました。激しい恐怖に私は涙も出ませんでした。
私の態度のために、その事件はかな大きな問題に発展しました。
たまたまその前に、教員室で財布の紛失した事件の疑いまで、私にふりかかってきたからです。私は夜も眠れぬ程苦しみました。そして父は遂に、学校から呼び出を受けたのです。
私は絶望の中に授業を受けておりました。私の耳には何もはいることなく、恐しい罪の苛嘖に責められていました。
小使がやってきて教師に何か耳打ちをすると、教師は私に近づいてきました。
「坂田君、お父さんが、急用でお呼びだ。直ぐ帰り給え」
その言葉は私にとって青天の霹靂でした。真っ黒な大地が裂けて、その中に落ちていくような、絶望の一瞬でした。
冷たい汗が腹の下を流れました。私はぶるぶる震えながら、カバンに教科書を、詰めました。生徒達は皆私を眺め、しんとして居りました。
すでにその事件はひろがっていたのです。
力なく引きずるように廊下を歩く私の彼方に、父が立っていました。
私は目を上げることはできません。私の眼にはいるのは、黒く輝く長靴と、鋭い拍車だけでした。父は無言で校舎を出て行きました。私は屠所に引かれる羊のように、とぼとぼと従うのでした。
拍車は歩くたびに騒々しく鳴り、長靴は奇妙なきしりを、続けるのでした。怒濤のような恐怖が、押し寄せました。私はそのとき死を念じました。しかし父の影に、ついていくより外はないのでした。
「先生からみんな聞いた。お前は、とんだことをして、俺に恥をかかせてくれたな。
ええいつの間にか、立派な度胸をつけたもんだ。
てめえには、それがどんなことなのか、わかっているんだろうな。
なるほど俺は今までてめえを、甘やかしてきた。それはどうも聞違いだったらしい。俺がこんなにてめえを可愛がってやっても、まだ人のものに二度も手をかけなきゃならねえ、理由を聞かして貰いてえな。
いえるだろう。いってみな。…………
おい黙っていちや判らねえじやないか、なんとかいったらどうだい。おかしくって、俺になんか何もいえないっていうのか」
私は途切れ途切れに、
「お父さん、ごめんなさい」
というのが、精いっぱいでわなわな震え統けるだけでした。
「なに、ごめんなさい、だって、笑わせるんじゃねえ、ぞういえばなにもかもすむと思うのか、ふざけるんじゃねえ、いい齢をしてそれだけしかいえねえのか。
今日はとっくりと、わけを聞かしてもらおう、いい加減なことじや、すまさねえぞ、おいいったい、なんのために人の財布に手をかけた」
「さ、財布を盗ったのは、僕じやない。僕じやない。知らない。知らないんだよ」
「なに、てめえは、財布は、とらねえ、とらねえっていうのか、嘘をつくな、この期に及んで、ぞんなこというのか。
いえ、いうんだ。俺をこれ以上怒らせると、ただじや置かねえぞ。いえ」
「し、知らない。僕じやない。僕じゃないったら」
「この野郎、ふざけるな」
父の顔には、見る見る太い血管が盛り上ってきました。
父はものすごい見幕で、厚い掌を、私の頬へ叩きつけました。そして父の足元に倒れかかる私の腕をじゃけんに、ねじりあげると畳の上を引きずり、柱に帯をとって後手に、くくりつけたのです。
そして玄関よりあの鯨芯入りの乗馬鞭を手でたわめながら、私の前に近づきました。
私の脳裏には一瞬鞭で虐げられた馬の姿が浮かび矢のように消えていき、果てしない恐怖に、おののきました。
「どうだ、おとなしくいうか、知らねえと、我を張るか、いうまでは痛い目にあわせるぞ。さあいえ」
父は威嚇するように、鞭を私の前で、ピユッと振ってみせました。
ああ、その時の父の姿はなんと威容に満ち、峻厳なものであったでしょう。
短かい下半身を、内股に栗色の革を縫いつけた紺色の乗馬ズボンをつけた姿は、なんと残酷なものに見えたことでしょう。
私はこれから行われようとする折檻に、逃れられないということを、知りながらも、哀れな乞いをいい続けるのでした。
私の心を埋めつくしたのは、果てしない恐怖だけで、日頃私の渇望した父によって行われる責めへの期待の介入する余地は少しもなかったのです。
実際の懲戒には、苛烈な行為があるのみで、空想化された陶酔は、砂上の楼閣のように崩れ去っていきました。
ついに恐しい鞭は、風を切って打ち下されました。
あの先についた軟かい革は、私の腿にピストルの鳴るような、激しい響きを立てて、深く喰い込んだのです。
はじめて受けた鞭打ち、それはなんと強烈なものであったでしょう。ぐわっと噴き出る痛みに、私はうめき声をあげ、ひっつるように、体をもたげました。
「いえ。」
父は、たけだけしくどなりました。
私は身をよじり、ふんばるように頭を押しさげました。低い視線には、父のふくらはぎに密着するズボンの、一列に並んだ黒ボタンと、編紐が見えるだけでした。
鞭はまた空気をつんざいて鳴り、私の反対の腿に斬りこんできました。鞭のひと打ち毎に、眼の前の世界はふっと消えて、真っ黒になりました。
真黒な闇がそのまま続くならばまだしも、そうならないように、鞭は間をおいてやってきます。あっ、次の鞭がやってくるな、と気がつくのに間に合うように、ぞの都度、私の感覚がはい戻って来るのです。
その鞭打の調子を整えた残酷さが、はじめはあふれるような恐怖を、わめき叫ぶ絶望感に代わらせました。わめき声は、じつに嗚咽となりました。
私は、ひっきりなく、ひいひい泣く自分の声を聞き、鞭のびしっという衝撃の音を聞き、肉に突きささり肉を噛みきる鞭の、脳漿がいまにも、眼や鼻から流れ出るのではないかと思う程の、痛みを感じました。
鞭の打ち方には、一定の順序がありました。腿、尻、右、左。わけても堪え切れないのは、鞭が肉体の同じ個所に二度目にめりこんだときの、激しい痛さでした。
もう眼には、薄いもやが立ちこめ、なにも見えなくなりました。
父のズボンも、畳も、鞭も、みんなまざりあって、紺と、黄色と、黒との斑点となり、大きくなり小さくなり、うねり、踊ってはさかまき、拡がっては縮まり、一面にまぶたの裏に、泡だち騒ぎました。
私はなにか暖かいものが、下半身を流れて行くのを、わずかに意識しました。小便がもれて、落ちたのでした。
私は底なしの泥沼へ、沈んでゆくような気がしました。私の肉体はそれでも間歇的に、身もだえし、あらがいました。
いつか完全に意識を失い、私は真っ黒な闇の中に、漂って居りました。
なにか鼻のつんとするようなものを感じて、私は眼を開きました。
私の正面には父の顔がありました。私は父の膝を枕にして、横たわっていたのでした。ずうんと頭に響くような、疼痛に私は身をよじりました。
私の視線には腕貫に強固な拳を通した、あの黒い鯨芯入りの鞭が映りました。どっと恐しさが、甦りました。
私は無意識に眼を閉じました。
「どうやら、気がついたようだな。痛かったか。どうだ、おとなしくいえるか。さあいってみな」
私は始めて甘い悲しみが、身に迫ってきました。
「お父さん」
私の胸には、父への思慕の情が湧き、泣き始めました。泣いても泣いても涙が、とめどもなく流れました。
父は優しく私の頭を、撫で続けました。私は真実を語ろうにも、あふれる涙で声にならないのでした。
私は下半身に受けた、むごたらしい傷のために約1週間、床に就きました。
腿と尻とには、おびただしい鞭跡が、幾筋も連なり、皮膚は破れて、赤い肉があらわに現れ、苦痛に身もだえ続けるのでした。
父はその間、医者に見せることもできず、暇の許す限り私の枕元にいて、傷の手当てをしてくれるのでした。私はすべてを語りました。父はそれを信用するともしないとも、いいませんでしたが、怒りは去って優しく私を介抱するのでした。
もっとも私は父に殴られたいなどという告白は、しませんでしたが。
それは幸福な1週間でした。そしてその時、私はマゾヒストとしての洗礼を、父による鞭打ちによって、はじめて受けたということを、悟ったのでした。
マゾヒストと自認する多くの人々は、皆多かれ少かれ、激しい苦痛を越えて、その苦痛を愉悦に、すり換えるのでしょうが、しかしその鞭打ちはなんと肉体にとっては、強烈なものなのでしよう。
確かに私も空想的に、その行為を憧憬し続けました。そしてそのもっとも理想的な状態で、それは行われたにもかかわらず、私の心に去来したのは、大いなる恐怖であり、苦痛であって、悦楽の陶酔を感じ取る余裕は、少くとも存在し得ませんでした。
しかしながら、日を経るにつれて、その恐怖、苦痛、支配者に対する感情、それ等は甘い、堪え難い思慕となって、私の心を強く打ったのです。
ああ、それはなんと強烈な、魅力を有していたことでしよう。被征服者の喜び、私は心の底から讃美しました。
そして征服者の父は、私にとって最早完全なものとなったのでした。私はかくてマゾヒストとしての恪印を、はっきりと刻まれたのです。
(未完)