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女相撲同好会 娘相撲物語(その結成まで) 海野美津夫

 美代子の母は、二人を五時前に起こした。
 割に早起きであった和子にも、それは少し早すぎたが、『そうだった! 私たち相撲取るんだった』と思うと、彼女は勢いよくフトンをはねた。
「ごはんのしたくはできているよ。私、魚を仕入れて、町へ行ってくるから、朝ごはんからでも相撲の稽古からでも、どっちでも好きなようにやりなさい」
 と言って、美代子の母は出ていった。
 和子は、急いで玄関まで見送った。そして
「ごめんなさい。私、明日から、ごはんのしたくしますから」
 と言った。
 美代子の母は、ブリキ製の箱をかつぎながら、
「いいんですよ、慣れてるから」
 と言って、笑って出ていった。その姿には、魚の行商など、別に苦労とは思わない明かるさと、たくましさがあった。
 感激しやすい和子は、思わず涙ぐんでしまっていた。

 二人は、相撲から先に取ることにした。

 前の晩、美代子の母から締めてもらった方法を思い出して、二人はまわしをおたがいに締め合った。
 庭へ下りると、夏の朝の爽やかな風が、肌に快よかった。

 二人は、勢よくぶつかった。
 思いきりぶつかり合ったあとの朝食は、非常にうまかった。
 二人は、まわしを締めたまま、あぐらをかいて、飯をかきこんだ。
「お相撲さんたちも、こんな恰好して食べるんだろうね」
「うん、写真で見たけど、同じ恰好をしてるわよ、私たちと」
「ちがうわよ。私たちが、お相撲さんの真似してるんじゃない」
 二人は、声を立てて笑った。そうして男と同じような恰好でいることが、二人には面白かった。

 美代子は、朝食が終わると言った。
「また、やろうよ!」
「でも、もう七時過ぎよ。ひょっとして誰か訪ねてきたらどうするの?」
 和子は心配した。
「大丈夫よ。今ごろ、漁師の人たち、疲れて寝てるわよ。それに、このごろは青年もいないしね。心配だったら、門にカギをかけておいたらいい」
 美代子はそう言うと、着物を羽織って、玄関を出て行った。
 二人は、取っては休み、組んでは息を入れて九時過ぎまであばれた。

 それはまだ、相撲とは言えなかったかもしれないし、二人とも、技の名も知らないものが多かったが、楽しくてたまらなかった。

 美代子の母は、昼過ぎに帰ってきた。
 昼のごはんは、和子が、腕をふるって用意していた。
「どうだった? 相撲の稽古は?」
 美代子の母はたずねた。
「うん、私たちまだ、技も何にも知らないでしょう。だから、早く知りたい。母ちゃん、横綱張ってたくらいだったら、知ってるんじゃない。教えてよ」
 と、美代子が言った。
「うん。横綱張ってたと言ったって、年1回のお祭りの時だけやってたんだから、何にも知らないんだよ。お祭りの前の稽古だって、たった2、3日だからねえ」
「それなら、どんなふうにして取っ組んでいたんですか?」
 今度は、和子がたずねた。
「どんなふうにって、たいてい、押し合いか……そうだねえ、まわしをつかんで、寄り合うかだったよねえ。
 たまに、投げたりすることもあったけれど……それから、足を掛けたりすることもあったが、どっちかと言うと力比べだったね。技なんか、だからあまり知らないんだよ」
「すると母ちゃん、よっぽど力が強かったんだね」
 美代子が、口をはさんだ。
「うん、力が強かったのか、身体が良かったのか……未だに病気ひとつしないから、たぶん、身体が強かったんだろう」
 美代子の母は、しばらく黙っていたが、
「相撲っていうのは、結局、押し合いが基本なんだろう。父ちゃんも、そう言ってたよ。
 あんたたち、技はあとで、今のうちはそれでいったらどうなのかね」
 と言った。
 和子は、なるほどと思った。

 二人は、あくる日から押し合い相撲ばかりで稽古を通し、最後に2、3回だけ、自由に取り組んでみるようにした。

 和子の体重は52キロあり、美代子よりも2キロほどすぐれていたが、押し合いでは、どっちかと言うと美代子のほうが勝つことが多かった。

 自由な取り組みになると、和子のほうが敏捷なのか、勝つことが多かった。
 和子は、力において美代子よりも劣っていることがくやしかった。

 だが、中に2日、家に帰った日を入れて、10日ほども経つと、どうやら互角に押し合えるようになっていた。
 午前中の相撲と、午後の水泳とで、二人の身体は、自分でわかるくらい、たくましくなっていった。

 じゅばんを脱ぎ捨て、名実共に褌(ふんどし)一つで取り組んだのは、夏休みもあと3日しかないという日であった。
 和子は、そのあくる日には家に帰らなければならなかったから、相撲も、あくる日の朝を入れて、あと2日しか取れなかった。

 二人は、その2日を、1日9回ずつ、自由に取り組んで星を争うことにした。

 それは、和子が星三つ、美代子が二つかせいでのちの、6回目の取り組みの時だった。

 二人で相撲を始めてから、はじめての突き合いになった。
 突き合いには和子が勝っていた。
 土俵際まで突きまくっていった和子は、相手の隙を見て、左下手をむずとつかんだ。すかさず彼女はそれをぐいと引き上げて、相手を寄り倒そうとした。
 美代子は、それを必死になってこらえようとし、和子のじゅばんを無意識につかんでいた。
 折り重なって土俵の外に倒れた時、和子のじゅばんの胸のあたりはビリッと裂けてしまっていた。
 美代子を引き起こして立ち上った時、和子はそれに気づいた。

 ふくれた乳房が、あらわに見えていた。
 さすがに、和子は恥ずかしかった。
「アラッ!」
 と言うと、思わず両手でそれをかくしていた。
 だが、美代子はなんとも思っていないようであった。
「じゅばんなんか、脱いでしまおうよ」
 そう言うと、それをさっさと脱ぎ捨ててしまっていた。その豊かな胸が、その部分だけ陽に灼けていないせいか、白く輝いていた。

 ためらう和子に、美代子は言った。相撲を取ろうと話した時の逆になっていた。
「どうせ私たちしかいないじゃない。男の人でもいれば別だけど、母ちゃんもいないしさ。それに私、相撲取るのに、なんだかじゅばんがじゃまで仕方なかったんだ」

 和子は、なぜ自分がためらったのか、おかしくなった。美代子の言うとおりだった。
 和子にとっては、汗で濡れたじゅばんが肌にピタッと貼り着く感触がなんとなくいやでもあった。

「よし!」と言って、和子も、それを説ぎ捨てた。

 まわしを締め直し、二人は、素肌の肉弾を正面から向け合った。
「これでいよいよ、裸の対決か!」
 美代子が、そんなことを言って笑った。和子も、大きな声で笑った。
「4対2か、ちくしょう、いくわよ! いいわね」

 美代子が、急に目をけわしくすると、両手をぐっとおろした。和子も負けずにその目をにらみ返して仕切った。
 上半身がバチッと音を立てて、ぶつかり合った。
 左四つになっていた。二人とも、両手は、がっちりと相手のまわしをつかんでいた。
 美代子の異常な闘志が、直接和子に伝わってきた。和子には、それはじゅばんを着ての相撲では感じられないもののように思えた。和子も、きっと唇をかみ、相手のまわしをぐっと引いた。

 美代子が突然、寄って出た。それは猛烈な寄りであった。
 和子が、やっと土俵際でこらえると、今度は、上手投げをかけてきた。それをこらえた瞬間、相手は逆に下手投げを打った。
 和子の身体は、大きな弧をえがいて土俵に落ちた。

 素裸での相撲は、おたがいにその闘志までをむき出しにしたようであった。

 8回目の取り組みは、はげしい、無我夢中の突き合いになった。
 二人は、いつのまにか声を上げていた。
「チクショウ!」
「エイッ!」
 というような言葉が、思わず口をついた。美代子の突く力は強かった。和子は突き上げられ、突きとばされ、土俵際に追いつめられていた。
 その和子に、美代子は全身でぶつかってきた。
 和子の背は、帆布の土俵の外の砂の上に倒されていた。
 痛かったが、その痛みよりも和子の闘志のほうがはげしかった。
 彼女は立ち上ると、きつい顔で土俵の中央に戻った。美代子は、いたわりの表情を見せたが、和子のきつい目を見ると、彼女もきっとした顔に戻っていた。

 和子は、立ち上がりざま、思い切り美代子にぶつかっていった。
 だが美代子は、がっちり受けとめた。
 今度は右四つであった。
『絶対、負けるもんか!』と、和子は心のうちで叫んでいた。そして、けんめいに身体をよじって、まだ取れていない相手の上手を取ろうとしたが、美代子は許さなかった。
 和子は焦った。
 そして、小手投げ、下手投げと、相次いで技をかけてみた。しかし、美代子はじっと勝機をうかがって動かなかった。
 和子は、その気持ちを察して、彼女もじっとまた隙をうかがった。動けば損であった。
 汗が、全身から吹き出してくるのがよくわかった。
 額を流れ落ちる汗が、目にしみこんで痛かった。
 和子は、フト、そうしてじっと相手の隙を待つということは大へんなことだな、と思った。力をゆるめることはできないし、かと言って無駄に力を出し切ってしまえば負ける。
 押し合う魅力もだが、こうして、じっと待つことも、相撲にしかない魅力だと、彼女には思えた。

 しかし、気の旱い和子は、再びじりじりしてきていた。いけない、と思いながら、彼女はぐいと寄って出ていた。
 美代子はその和子を、満身の力で吊り上げた。
 足を掛けようとしたが、とどかなかった。バタバタさせてみたものの、美代子はぐらつかなかった。
 和子の身体は宙吊りとなり、その足は、土俵の外に着いてしまっていた。

 負けたとなると、和子はあっさりとしていた。
「ついに負けたか! 5対4だな、残念!」

 彼女は、美代子の肩をボンと叩いた。美代子はニコッと笑ったが、直ぐ真顔になると、「あんたの背中、大丈夫かしら、さっき突き倒しちゃったけど……」
 と言って、和子の背に廻った」
「ア! やっぱりスリむけてるわ。すぐ薬つけなくちゃ」
 そう言えば、背中がヒリヒリしていた。
 だが、和子は、
「相撲取るんだったら、このくらい覚悟しなくちゃ」
 と言って笑った。

 最後の日は、逆に和子が五つ星を上げて勝つた。
「結局、同点だったね」
 二人は、それが嬉しくて、抱き合って喜んだ。

 だが、二人は、さびしかった。
 二人とも、まだ柔道部をやめるつもりはなかったから、月2、3日は日曜日も柔道の稽古があり、相撲をやろうとしても、残りの日曜日しかないことに、気づいたからだった。

 事実、二人が美代子の家で相撲を取れるのは月に2日もなかった。
 柔道の稽古のない日曜日にも、何やかやと行事のある日があり、また、和子の家庭も、日曜日を全部、娘が家をあけてしまうことを許さなかった。

 相撲の味が忘れられなくなった二人は、真剣に悩んだ。
 しかし、柔道部をやめてしまうことは、とりわけ対校試合にも選手として出る和子の場合、できることではなかった。

 やめると言ってもシゴかれるというようなことはまったくなかったが、和子自身の気持ちが、それをさせなかった。
 だが、和子は、相撲を忘れることができなかった。
 だから、苦しかった。

 月に1度か2度、美代子と相対した時、彼女は、起き上がれなくなるまでぶつかり合うのだった。

 いつか冬になっていた。

 和子は、両親に、美代子の家で正月をしたいと申し出たが、両親はそれを許してくれなかった。
 正月の三ガ日が過ぎて、ようやく両親は美代子の家に行くことを許した。
 外には、雪が舞
っているというのに、和子と美代子は、土俵に立った。

 美代子の母が、「よっぽど相撲が好きなんだねえ、あきれた」と言った。
 その母の前では、二人はじゅばんを着た。
 少々不満ではあったが、相撲が取れるということは、それ以上のものになっていた。

 <生みの苦しみ>

 和子が、柔道部をやめる決心をしたのは、三学期の中頃であった。

 彼女は、柔道のけいこの最中に、よく相撲を思い出すようになっていた。そのために彼女は、負けないでよい相手にも、しばしば負けるようになっていた。

 和子は、『ここまできてしまったら、もう柔道を続ける意味がない、かえってみなに迷惑をかけるだけだ』と思った。

 彼女は、それを美代子に話し、二人は、柔道部をやめることを申し出た。
 予想したとおり、彼女たちがやめることには、部の全員が反対した。特に、二人のやめたい理由が判然としないだけに、みんなは入れかわり立ちかわり二人に、それを聞きただそうとした。
 二人はしかし、本当の理由は、どうしても言えなかった。
 橋口、鈴木の両先生が、あらゆる角度から聞きただし、やさしく説得にかかってきたのには二人は参った。

 二人が理由として出したのは、「柔道というスポーツに熱意を持てなくなったから」ということだけであった。それしか二人は考えつかなかった。もっとほかの理由をつければ良かったとあとから考えたが、おそかった。
 小学校の時から柔道を稽古し、すでに一年生でありながら相当な技を持っている和子には、とりわけ説得が集中した。
 よほどのことがない限り、熱意を失うことがあるはずがないと思うのは、当然であったろう。

 和子は、つらかった。夜、眠られない日が続いた。そんなことはかつてなかった。彼女は、よほど、前言をひるがえして、みんなを喜ばせようかと、何度も考えた。
 しかし、彼女には、いったん言いだしたことをひるがえすことはできなかった。相撲への愛着もだが、それができない性格だった。
 一番つらかったのは、兄からの説得であった。
 その兄には、キャプテンの飯田ふみ子が話していた。キャプテンとしては、打つ手がなくなって、最後に考えた方法だった。
 兄は、ものごとを人に押しつけることのできない性格であったが、柔道を愛している兄の話は、誰よりも説得力があった。

 最もこたえたのは、和子が柔道を習いたいと兄に申し出た時に、兄が言った言葉、それに対して彼女が答えた言葉を待ち出されたことだった。
 兄は、「それほど習いたいなら、教えてやろう。しかし、お前は女の子だぜ。大きくなった時、私、もうやめました、お花のおけいこをいたします、と言うかもしれないよ。やるなら、ずっと続けなければいけない。そんなことはないだろうね」と言った。
 和子は、「いいや、私、絶対やめない。この言葉、兄ちゃん覚えておいていい」とその時、答えていたのだった。

 和子はつらかったが、兄がどんなことを聞いても、話しても、答えなかった。
 尊敬している兄にだけは、自分の本当のねがいを話そうかと思っていたが、ロのところまで出て、それはとうとう言えなかった。

 <仲聞づくり>

 相撲の同好会を作るまでの間で一番つらかったのは、その時のことであった。
 そのあとは、その時のつらさに比べれば割合と楽に進んでいった。

 二人は、できればその同好会は5人ぐらいにはしたかった。どうしてもだめなら、せめて3人にはしたかった。二人だけでは、なんとしてもグループにはならないし、相手が一人というのは面白くなかった。

 二人は、その同好者をどんな風にして見つけるか、何度も話し合った。
 一番心配だったのは、誘ってもし拒否された場合のことだった。当然、その人間を通して二人のことが他人に知れていくだろうからだった。

 だが、三人目の仲間は、意外と早く見つかった。
 それは、和子のはじめての押し相撲の相手だった古川文子であった。

 古川には、二人が柔道部をやめるという理由が非常に薄弱のように思えた。もちろん他の者もそう思ったからこそ、二人から本当の理由を聞き出そうとしたのだったが、古川文子の場合は、疑問の持ち方が少しちがっていた。

 それは、カンのようなものであったが、文子は、『ひょっとしたらあの二人柔道以外のスポーツに魅かれてるんじゃないか? あるいは、それは相撲かも知れない』と思っていた。

 彼女がそう考えるのには、それなりの理由があった。
 文子は、こうと思ったら直ぐ実行に移す和子に、なんとなく魅力を感じていた。そうした性格が自分に弱いからでもあった。

 あまり物には動じない性質であったが、彼女は自分ののろさが、時折いやになるのだった。文子はその自分に比べて、勝気で明るく、そして敏捷な和子がうらやましくもあった。
 そんなことより以前に、理くつでなく好きだと感じるものかあったと言ったほうが良いかもしれなかった。

 文子は、だから和子の変化には早くから気がついていた。
 和子は、自分と押し相撲を取った時から、なんとなくちがってきているように思えた。

 柔道のけいこの時、それ以前と、ちがうことがちょいちょいあることを、文子は発見していた。
 引くべきところを押してみたり、帯をつかんで相撲の上手投げのようなことをしてみたりということが、あとになればなるほど多くなっていた。
 特に、二人が柔道部をやめると言い出すすぐ前のある日のことが、文子に、「或いは相撲ではないか?』と考えさせる強い理由になっていた。

 それは、和子が美代子と柔道のけいこをしている時であった。
 ホンの少しの間ではあったが、二人は、相撲のようにしてぐいぐいと押し合っていたのだった。文子はその時は、『何してるんだろう?』ぐらいにしか考えなかったが、やめると言いだしたのち、その時のことを思い出したのであった。

 文子は、もし二人が相撲に興味を持った結果、柔道に熱意を失なったのだとしたら、それでいいじゃないかと思った。
 彼女も、相撲が好きであった。テレビでの大相撲はもちろん、相撲大会などにも良く見に出かけていた。

 そして、例の浜での押し相撲以来、自分が男なら、相撲を取ってみるんだがなあと思うようになってさえいた。
 だから、もし美代子と和子の二人が、相撲を実際に取りたいと思っているのだったら、自分も加わって、やってみようかと思うようになった。

 思いきって文子は、ニ人に会った。
 それは、『あるいは……』と考えはじめてからひと月近く経ってからのことだったから、二人が柔道部をやめることが認められてからも20日ぐらい経っていた。

 時間はだいぶ経っていたが、文子の聞き方は短刀直入であった。
「あんたたち、相撲でも取りたくなったんじやない?」
 そう言われて、二人は非常に驚いた。
 しかし、文子にもその希望があると知った時、二人は有頂天になって喜んだ。とりわけ和子は、躍り上がって喜び、文子に抱きついていた。
 和子は、文子を尊敬して、いつかは話したいと思っていたし、最初に押し相撲を取った相手でもあったからであった。

 二人はすでに実行していると聞き、しかも、本当のまわしまで締めてやっていると知って、今度は文子のほうが驚いていた。
「私、相撲のグループを作ろうかと言おうと思っていたのに。でも、不思議だな、女のくせに相撲取ろうなんていうのが3人もそろったなって……」

 3人は、春休みも近い次の日曜日、さっそく土俵に上がった。
 体重もあり、身長も和子より高い文子は、まさに強敵であった。二人に、一段と張りが出てきた。しかし、その稽古では二人に数歩をゆずる文子は、大きな身体を、何度も土俵にころがされていた。

 文子も、柔道部をやめた。
 だが、だいぶ前からその父が柔道に強く反対していたことを知っていた部員たちは、文子をあまり強くとめなかった。

 4人目の仲間はす直ぐにできた。
 それは、文子の仲良しで、文子といっしょに良く相撲大会などを見にいうっていた福岡国子であった。

 国子は、高校は別であったが、中学まで文子といっしょであった。彼女は、体育のクラブにはどこにも入っていなかったが、水泳が好きで、体格は良かった。

 和子は、『同じような仲間が、意外と多いんだなあ。この分だと、働きかけ次第では何人も集まるかもしれない』と思い、嬉しかった。

 だが、5人目の仲間は、簡単にはいかなかった。
 それは、美代子の小さい頃からの友人で父親の転勤で長いことその村を離れて関西のK市に行っていたが、4人の仲間ができた春休みの終りの日に、父の再度の転勤で戻ってきた谷川富子であった。

 彼女を仲間に入れようとしたのは、ひとつは彼女が、毎日のように美代子を訪ねてくる存在だったから、そのままでは4人の稽古場がなくなること。
 もうひとつは、富子は、美代子の小さい頃のおてんば仲間で、相撲などもちょいちょい取った相手だったことからであった。

 美代子は、「そんな相手だから、きっと仲間になってくれるわよ」と言い、説得にかかった。
 しかし富子は、6年もの大都会での生活ですっかり近代女性になっていた。富子は、とんでもないわ。と一言ではねつけた。そして
「昔はたしかにこの村にも女相撲があったわよ。でも今ごろそんなことするなんて考えられないわ」と言った。
「ボーリングならわかるけどさ、だいたい相撲なんて、近代的じゃないわよ」とまで、美代子は言われてきた。
 美代子は、がっかりしていた
「そんな人、仲間にはいらん!」
 和子は、強い口調で言った。
「美代子には悪いけど、そんなモダンぶった人、私はきらいだな。ボーリングならわかるけどなんて!」

 和子はシンからシャクにさわっていた。その場にいたらブンなぐってやりたい気持ちだった。
 しかし、美代子の気持ちは少しちがっていたようであった。

「あの人、昔に、きっとかえるわ」
 と、そんなことを言った。

 国子が、「それより、その人誰にも言わないでしょうね」と心配した。美代子は、「それだけは絶対安心よ。約束だけは、必ず守るんだから」と言った。

 それからひと月ほど経った、ある土曜の夜のことだった。
 富子はそれ以後、一度も美代子の家を訪ねてこなかった。土曜日か日曜日にしか和子たちは集まることができなかったのだが、美代子の母が、「あの人、普通の日も全然来ないよ」と、教えてくれた。
 和子たちは、美代子も富子とその後、会っていないと思っていた。しかし、実際はそうではなかった。
 美代子はあれ以後も、粘りづよく富子と会い、その都会風な鼻持ちならなくなっている感覚を、なんとかして昔の素朴なものに戻そうと努力
していたのだった。

 その夜、美代子の姿はいつのまにか消えていた。その夜はみな泊まりこんで、あくる朝早く稽古することになっていたが、十時を過ぎても彼女は帰ってこなかった。
 みなは、だんだん心配になっていた。
「探しにいこうか」と和子が立ち上がった時、美代子は帰ってきた。すでに11時を廻っていた。

 美代子の洋服は砂まみれになり、その頬にかすり傷があった。
「まあ! どうしたの美代子、ガケからでも落ちたのかい」
 その母が、せきこんで聞いた。
「うん、何でもないんだ。私、嬉しいの。富子が、昔に戻ったわ……」
 美代子は、砂を払い落しながらニコッと笑った。
「私ね。富子と大の仲良しだったでしょ。その富子が、あんまり都会じみて鼻につくもんだから、何とかして昔に戻してやりたかったのよ。
 だから、何度も会って話してたんだ。今夜もね。……そうしたら、彼女ったら結局あんたとはセンスが合わなくなってるんだな、なんて言うじゃない。
 相撲のことなんかじゃないのよ。別のことでね。
 私、あんまりシャクにさわったから、思いっきりプンなぐってやったの。すると、彼女ったら、怒ってねえ、かぶりついてきたわ。
 つまり、ケンカしてきたのよ。
 でも良かったなあ。
 私、昔、彼女と三度ばかり取っ組み合いのケンカしたことあるんだ。その昔に、彼女戻ったのよ」
「まあ、相撲ならいいけど、娘がケンカなどして」
 美代子の母はあきれていたが、美代子は、
「ぐいぐい押さえつけておいて、ホラ、私相撲できたえてるんだからって言ってやったわ」
 と、満足そうに笑って言った。そして、「ひょっとしたら彼女、明日あたり、私も仲間に入れてよ、なんて言ってくるかもしれないわよ」
 と付け加えた。

 富子は、果たして翌朝早くやってきた。
 すでに稽古をはじめていたので、富子が表の門を叩いても、誰も気づかなかった。彼女は、庭の方へ廻り、石塀の外から大きな声で美代子の名を呼んだ。
 文子と押し合っていた美代子は、「やっぱり来たでしょう!」と言って喜んだ。
 和子も、嬉しかった。

 美代子が、「よし、裏門をあけてやろう」と、その方向へ駈け出そうとした時、国子は「この恰好見せていいの?」と言って、美代子を押しとどめた。
 だが美代子は、「大丈夫よ! 富子はここへ来たんだから、きっと仲間になるわよ」とそれを振り切って駈けていった。

 美代子の母の居ない時、四人は、素裸で取り組んでいた。まわしの色は、最初とかわらなかった。

 富子は、入ってきてその姿を見た瞬間、アラッと驚いていたが、彼女は直ぐ仲間になった。
「ごめんね、相撲なんてとバカにしたりして」
 富子はそれだけ言って、四人にピョコンと頭を下げた。

 *  *  *

 まわしをポンポンと叩き、
「サア! 正式な相撲同好会の結成を祝って、みんなで四股を踏もうよ」
 と元気よく言ったのは、富子であった。
「ようし!」とこたえて、和子は勢よく土俵に飛びこんだ。
 美代子がそれに続き、文子と国子は、落ちついた足どりで、ゆっくりと土俵に入った。 みんなは円陣になって四股を踏んだ。
 朝日が、5人の陽に灼けた肌を、美しく照らしていた。
 富子以後、新しい仲間は入ってこなかったが、仲間は5人で十分であった。

 夏休みを待ちかねて、5人は正式に同好会を結成したのだった。
 土俵は、前の通り帆布製であったが、まわしの色は紺にあらため、髪も、そろって後ろに束ねていた。
 和子は、いよいよこれからが本物なんだと心を引きしめていた。
(終わり)

(『奇譚クラブ』昭和42年9月号)

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