私が静岡女子師範附属小学校の4年を終え5年に進級しようという年、当時父が教授をしていた静岡男子師範附属小学校の5年B組へ転入させられた。その時私の眼に一番焼きついたのは金髪の美しい一人の外国人の少女だった。
転入生の私がたった一つ空いていた彼女の横の席を与えられたとき
「岸本さん、私の横、空いているのよ、おすわりなさいな」
と驚くほど歯ぎれのよいアクセントで彼女が私を呼んだ時は、思わず全身の血が頭の方へ上がってしまったのも無理はなかった。
名はメリーと言ったが両親共アメリカ人だそうで、美しい事は恐らく同国人の中でもずば抜けていたと思う。私達はちゃんをつけて、メリーちゃんと呼んだ。私が転入生でありながら、彼女と並んで席を占めた事から、私とメリーはすっかり仲良しになってしまった。
彼女は二つの時から日本へ来たんだそうで、日本語はまったく日本の子供と変わりないくらいに巧みだった。
私が彼女と同席してクラスの者達の手前一番困った事は、彼女は授業中、私の片手を握って離さないという事だった。そしてその片手をさまざまに弄ぶのである。時に何か嬉しいことでもあると、私の肩にむしゃぶりつくように抱きつき、チュッと頬にキッスするのである。
これには私も大いに閉口した。授業中にいきなりこれをやられたので、恥ずかしさのあまり真っ赤になって、そッと先生の顔をうかがうと、先生は苦笑を浮かべているだけだったのでホッとした事もあった。
もちろん先生はメリーのこのあけっばなしのアメリカ人気質には手を焼いているらしいが、事が事だけに、うかつに注意も出来ず、また教育者の立場から民族的個性の重要性を認識して、かくは苦笑ですんだのかもしれなかった。
ところでしばらくは私とメリーの間は本質的には無邪気なものであったが、ある日、私は今迄のメリーに対する認識を180度転換させなくてはならぬ事件にぶつかった。それは少年期の私の心を突然、包んだ妖しい桃色の霧でもあった。その日は理科室で午前中の授業を中止して映画会が行われることになった。
暗闇の中で私は二人掛けの椅子にメリーと並んで坐った。例のごとくメリーは私の片手を求めてきた。私は彼女のなすがままにまかした。彼女はしばらく私の指をのばしたり、折ったり、様々に扱っていたが、そのうちその手首を握るとぐいと自分の膝の間に挟んだ、彼女はソックスをはいていたので、その部分は素肌だった。11歳の少女とは思えぬぬめやかな肌だった。
幼心にも私の心臓は妖しくときめいた。彼女は私の手首をしっかりつかむと、身体を前へのり出すようなフリをして、股を開いた。私の掌にその瞬間、彼女の腿の筋肉の動きがくすぐったいように伝ってきた。
こうして私はすっかりこの雰囲気の虜になった。この時、私は初めて自分の意志に勝る妖しい感覚が自分の体内に存在する事を自覚させられた。
豊かな肉づきの肌、私は少年の特有心理とでもいうべぎ残酷な心が動いて、その内股の肉をゴリゴリつねり回した。そしてそっと彼女の横顔をうかがうと、彼女は異様な緊張をぎらぎらした眼の輝きに表していたが、それでもじっと画面の方を向いたままだった。
こんな事があってから、私とメリーとの間は急激に親密さを加えていった。その感情の交流には不純なものがあるだけに、新たな刺激は新たな誘惑を伴って次第にその緊密度を増していった。そして1週間ばかり後には二人の関係のイニシアティヴは完全に私が握っていた。これは幼いながらも男というものを意識させられた私が取るべき当然の態度であった。
教室ではもう私は、彼女に手のひらを弄ばれても恥ずかしい思いをすることはなくなった。彼女はもはや、私の手のひらを欲しなかったし、たとえ欲したとしても与える私ではなかった。
メリーは私に対してはすこぶる従順になった。その従順さは単なる友情の範囲のものではなかった。しかし、クラス・メイト達は無邪気に、私達相互の態度の変化を不思議に思っていたに違いない。
実は、私は、メリーとこういう関係になる前、これと似た関係を持っていた。同じく当時5年生の宏子という少女があった。彼女の父親は大学教授で東大時代私の父と親友であった。彼女の父は大学院に残り、私の父は家庭の事情で卒業するとすぐ就職したことが、大学教授と師範学校教授という差になっていた。
しかし二人は仲がよく宏子の父はよく宏子を連れて私の父を訪ねてきた。これが宏子と私が接触を持った動機である。彼女は真っ黒な髪とパッチリした眼を持った愛しい美少女であった。
ある日、彼女が一人で遊びに来た時私は近所の悪童数人と泥棒ごっこをやった。私は泥棒の首領となり、彼女は我々に襲われるお姫様という配役がきまった。護衛の兵士との勇壮なチャンバラの後、私はお姫様即ち宏子を捕虜として、手下共を下で戦わせておいて彼女を2階の押し入れへ押し込むと、後手に縛り、見よう見まねで猿ぐつわもはめた。
もちろん宏子は一生懸命抵抗したが、かなわぬとわかると、眼をパッチリと見開いて私のする事を見ていた。この時、母は市場へ行って留守だった。下では悪童達の威勢のいい掛け声が聞こえてくる。私は縛られたまま布団の上に転がされている宏子を見た。
彼女は短いスカートをまくり上げながら白いズロースに包まれたチンマリとしたお尻をこちらへ向けて、縄を抜こうとしてもがいていた。私はその二つの膨らみにたまらない魅力を覚えた。
私は思わず指を差し出していた。宏子は縛られた不自由な姿勢で腰をひねって直撃をさけようとしたが、私の指は執拗にぎゅうぎゅう襲っていった。
「イヤーン、痛い」
宏子は甘えたような声を出した。私は宏子が泣き出すのを恐れてそれ以上無茶をするのを止めた。そして彼女をごろりと上向きにした。縛られた手首が下になって、痛くないかと心配したが、布団のせいか彼女は何も痛みを訴えなかった。
スカートは、お尻と違って前をおおっていた。私はそれをまくり上げた。
「お医者ごっこするなら縛ったの解いて」
宏子はまた甘ったるい声を出した。「お医者ごっこじゃないよ、捕虜は黙っていろ」
私の叱りつける声を聞くと、彼女は黙って眼をつぶった。
ブルマーと違って薄い布地のズロースはぴったりと宏子の下腹部の曲線を描き出していた。私はズロースのゴムに手を掛けると一気に膝の所まで引き下した。宏子は「足を揃えて伸ばすんだ」という私の言いつけを素直に聞いた。−−
しかしメリーは宏子と違って金髪で美しい白い肌の外国人の少女である。私は彼女を練兵場の叢(くさむら)へ誘い出した事がある。スカートを脱がせ下半身をズロース1枚にして草の上へ横たわらせた。
彼女はレースのついたピンク色のズロースを肌にピッチリつけていた。「この間もこれはいていたの」そう尋ねると「ええ、でも、あれから1度洗濯したわ」と何の恥じらいもなくはきはき答える態度には私は感心するより奇異の感じを抱いた。宏子はそれこそ、おへそのゴマの数まで私に知られる様になっても、なおズロースを脱がされる時は、眼をつぶってその上顔をおおったりした。私はメリーのそばに腰を下ろすと、足を上げさせたり、開かせたりして布地を通してのデリケートな筋肉の動きを楽しんだ。
私はメリーをいじめて悲鳴を上げさせたいと思った。しかし、そのために私の家を使うことは不可能だった。なぜなら普段、私の家には私の下二人の弟をはじめ、祖母、伯母、母と多くの眼が光っていたからである。私はメリーに話し、メリーの家をそのために使うことにした。
彼女の話によると、メリーの父は某商社の日本出先機関(ジャパニーズ・エイジェント)の顧問で、母は土曜日の午後だけ教会へ奉仕のため出て行くので家をあけるし、父は土曜日はほとんど外泊するという。それで土曜日の午後こそ二人だけで遊べるチャンスだというのだ。
私はメリーや宏子と遊んでいる時、私の心には早くもサディストとしての自分が芽を持ち上げていることを、当時の事を今考えて思い合わせられる。奇譚クラブの誌上で読者の告白文の中、サディストと自認して述べておられる方と本質的に同一なのに驚く。私はこの告白文を信じてくれない人がいるなら、むしろ嬉しいと思う。しかし告白だけは真実を曲げては何にもならない。
さて、その土曜日の放課後、私はいったん帰宅した後、メリーの家へ出向いた。なぜいったん帰宅したかというと、私は今日の遊戯のために少々の必要な道具を取りに行く必要があったからだ。道具というのは3丈ばかりの麻縄と浣腸器であった。私は縛り上けたメリーのお尻を丸出しにし、浣腸器を差し込む場面を想像して胸をときめかせた。私はきっとメリーは、「痛い、痛い」といって泣くだろうと思った。
ベルを押すとメリーはこの後に起こる事を想像してちょっと顔を赤らめて出てきた。彼女はタオルのズボン型パジャマを着ていた。私はそのパジャマ姿に身ぶるいするような魅力を感じた。金髪は左右に分けて後ろで束ねてあった。
「寝てたのヨ」
チンマリした鼻、大きな青い瞳はうるんでメリーは甘い声で言った。
「ちょっと、お熱があるの。風邪をひいたらしいのよ」
「だって、さっきまで、学校の時、元気だったじゃないの」
「ウウン、お家へ帰ったら急に寒けが出てきて、それで、ベッドに入っていたのよ」
「そうか、じゃあ今日は駄目か」
私は残念な気持ちをそのまま言った。
「ううん、大丈夫よ、あたし。いじめてよ、あなたのいいように、どんな事だっていいわ」
彼女は私の頬にチュッとキッスすると「フフン」と笑った。
「本当か、じゃあ、奥へ行こう。ホラ、こんな物持って来たんだぞ」
私は浣腸器と麻縄をメリーの鼻先へつきつけた。彼女は大ゲサにキャッと言って奥へ駆け込んだ。私は後を追った。
部屋はメリーの寝室だった。ピンクの壁紙を貼ったいかにも女の住居らしい部屋だった。部屋の面積の半分近くを占めて大きなベッドがすわっていた。天井からは小型のシャンデリヤが下がって、璧には5号くらいの聖母マリアを描いた額がかかっていた。
「カーテンがとっちゃってあるから、ブラインドをおろすわ」
メリーが窓の側の紐を引っぱると黒い波型の鉄板が下りてきて、この部屋を太陽光線からさえぎってしまった。メリーはドアの把手を回してガチャリと鍵をかけた。
私達は並んでベッドに腰かけた。私はメリーに両腕を頭の上で揃えさせると、用意の麻縄でくくり合わして、その端をベッドの腕に縛りつけた。
この時、私の心をスーッと横切って不思議な恐怖心ともいえるものを感じた。その心理解剖は今にして出来る、しかし当時10歳の私には眼前に露出されているそのものの本質を理解する事は出来なかった。しかし、それが男女の性を決定する一つの重大な要素を意味すること位はわかっていた。私の心は理解の出来ぬそれでいて最も重要な存在物の不可思議な影におびえていたのだ。
少年の心理は動物の心理と大きな共通点を持っていると言われる。少年特有の残酷心もその一つであるが、未知の物象に対する旺盛なる探究心と恐怖心もそのーつてあろう。
私は投げ出されているメリーの足首を固く麻縄で縛ると、そのままぎゅっと膝が胸につく位まで折り曲げ、手ばやくその足首と手首とを結んだ。
私はその緊縛の姿態を美しいと思った。
メリーはしばらく完全に丸出しになったお尻を揺すっていたが、やがて静かになった。私はあらゆる角度から彼女の姿態を観賞した。私は本箱の上に、メリーがうがいに用いている食塩水を入れた瓶を見つけたのでその食塩水を浣腸器に吸引した。
その瞬間、メリーは「ウウウ」とうめいた。私か強引に注射筒の把手を押すと、「ヒイーヒイーヒーヒー」と泣くようなメリーの叫び声はだんだん大きくなるー方であったが、ついに25ccの全量は、直腸に注入してしまった。
私はメリーの唇が紫色になっているのを見た。額には脂汗がじっとりと浮いている。私は急いで足首の縄をそのままの位置で解いた。ドサリと両足がベッドに落ちた。心持ちメリーのお腹はプックリとふくらんでいるようだった。私は急にかわいそうになると、手首の縄も解いた。彼女はホッとした表情で、私を見て「死にそうだったわ、もう止めてね、お願いよ」と苦しそうに甘えた声を出した。
そのうち、彼女は便意を訴え出した。「便所どこなの?」私は聞いた。「いつもここでするのよ」彼女はポンとベッドを飛び下りるとその下から陶器製の便器をとり出して、ベッドの横に置いて、その上にしゃがみ込んだ。私の体に、今までおさまりかけていたアブノーマルな血が再び騒ぎはじめた。私もメリーと同じようにしゃがみ込んだ。
しかし、このメリーとの関係もこれが最後となってしまった。なぜなら、それからすぐ、私の父が高知県の学務課長として栄転したからである。静岡駅を立つ日、プラットホームに見送りにきたメリーは私にアメリカ製のシャープペンシルをプレゼントしてくれた。私は今もそれを持っている。
さて、高知市に移った私の生活は大して変わった事もなかった。この地で小学校を終えさらに私達一家が九州の田舎に転任した時、私は中学生となっていたが、この時経験した豊富な思い出はペンを改めて記したい。
(小学校編終り)
(『奇譚クラブ』1954年3月号)
