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捕虜の洗礼 出久信男

 昭和20年の春。
 北支の中共八路軍はまだ表面日本軍の制圧下にあった。しかし彼等は独特の執拗さと巧妙なるゲリラをもって、日本軍が線と点との支配に狂奔するのを尻目に、着々と農村地帯を掌握しつつあった。これはその頃、美貌の女遊撃隊長に捕えられた私が約5ヵ月にわたって体験した悩ましくも異常な記録である。

 その朝、中隊討伐に参加してK部落を急襲した私は、部落内を捜索する分隊員のために高梁(コーリャン)倉の屋根で監視哨に服していた。ポカポカと暖かい日和だったので、少し緊張を解いてボンヤリ立っていると、不意に足下の納屋から青い中国服の若い女が走り出た。背のすらりと高いその断髪の女は、両手を胸に抱え込むような姿勢で、サーッと走り去ろうとする。

 「スイアチアンツウ(だれか とまれ)」
 私はとっさに銃を持ちかえ空へ向かって威嚇射撃を一発放った。女が振り向いたと思った途端、太腿部に強いショックを受け、思わず私はくたくたと膝をついていた。女に隠し持った拳銃で振り向きざまに射たれたのだ。私はその女が澄んだ中国語で誰かにキビキビと命じているのを聞きつつ、スーッと意識を失ってしまった。

 気がつくと、私は見知らぬ家の中庭に敷かれたアンベラ(註:薄いベニヤ板のこと)に横たえられて、傷の手当を受けていた。手当てをしている男の帽子の形、服装、色、敵だ! 捕まった! −−ハッと反射的にハネ起きようとしたが、太腿部に激痛が走り、誰かが頭を蹴った。
「ピエテ!(起きるんじゃないよ)」
 聞き覚えのある声音だ、見上げると私の頭の所に、色の抜ける程白い、少しケンのある切れ長の目をした美しいあの女がスラリと立って片ほほに冷たい笑いをただよわせて、じっと私を見下している。隊長らしいその美貌の女を見上げている中に、その美しい女性の手に捕らえられ、生殺与奪の権を握られているという屈辱感が、次第にたとえようもない恍惚とした陶酔に変わり、長い間機会を得ぬままにくすぶっていた私のマゾの血が、フツフツと胸に湧き上がってくるのを感じた。

 手当てをしてくれる兵士と、おいおい馴れるに従い、彼等の口から、彼女の名は朱慧蘭、上海で高等教育を受けたインテリで、八路軍分区司令の妻だったが、夫が日本軍との戦闘で戦死して以来、気丈な彼女は勇敢にも男装して白馬に跨がり、夫の部下だった男達を従えて自ら日本軍と戦い、附近の農民たちから救いの女神として崇敬されている等と知った。

 私の心は次第に彼女への憧憬と讃美に充たされ、ついには彼女の忠実なる奴隷として奉仕したいと熱望するようになった。
 私の傷がすっかり癒えたある日、彼女が突然、私のいる部屋に来た。細くくびれた腰に手馴れたモーゼル拳銃がカッチリ装着され、白い乗馬ズボン、黒革の乗馬靴、一分のスキもない颯爽たる服装で私を見据えて言った。勝利者が捕虜に対する勝ち誇った口調である。 「お前の傷は治癒したと報告があった。これからお前は償いをせねばいけない。お前達日本兵が罪もない中国人をどれほどしいたげ、辱しめたか、お前も知ってるだろ、お前はこれから日本兵を代表して、中国人のアタシの手で罪の償いをするのです。もちろん皆の面前でするのです。お前はその機会を与えられたのを光栄とすべきです。わかったわネ」

 私は後手に縛られて、抜剣の兵士たちによって部落の広場に引き出された。
 黒山のように群れていた農民達は私の浅ましい姿に狂喜の歓声を挙げ、ありたけの罵声を浴びせかけた。かたわらへ寄って私の顔にぺッと唾を吐きかける女もあった。どんな辱しめを与えられても、捕われの身はそれを防ぐ事すら許されなかった。騒ぎ立てる農民に向かって女隊長はよく通る声で告げた。 「皆さん、さっきも言った通り勝手の復讐は許しません。皆様の代わりにこの男をトリコにしたアタシが、皆さんの注文によって制裁を加えてやります。いかがですか?」
 私は首を垂れて女君主の声を聞きながら、その凌辱を想像してある期待に胸をトキめかしていた。一人の農夫が叫んだ。「クイズ(日本人の蔑称)の奴ア、わしの弟を縛り首にして殺しやがっただ」彼女はニッコリ笑うと、「では皆さん、私はこうしてやります」と言うや否や、私の首に綱を巻きつけて一端を握り、烈しく私を蹴り倒した。ドタリと倒れた背中を乗馬靴の片足で踏まえ、手にした馬鞭で尻を打った。 「裸にしろ、裸にしろ」声によって、私の服もパンツもはぎ取られ、素裸になった背を尻を彼女はまたピシリピシリと打った。私の尻は紫色にはれ上がり、苦痛の呻きは喰いしばる唇から洩れたが、彼女は少しも容赦しなかった。私は苦痛にのた打ちながら混濁した頭で思った。  たとえ私がここを逃れ帰ったとしても、待っているのは、聞くも忌まわしい軍法会議、そして刑死だ、むくつけき男共に殺されるよりこの美しい支配者の脚に踏まれたまま死ねば本望だと−−。

 一人の老婆がひからびた指で、私を指さしながらののしった。「日本兵の奴ア、フントに慾張り野郎だ。この婆のいくらもねえ食い物を皆持って行きやがった。フントに馬のような野郎だ、馬にでもなっちまえ」
 彼女はその声に応じた。「馬におなり!」私は素裸のまま四ツん這いになった。易々として彼女の命に従い、彼女の鞭を受けるのが楽しかった。
「さッ、アタシのお馬さん、乗るわよ、途中でつぶれたりしたら承知しないから」
 彼女は私の背中に馬乗りにまたがって手綱をとった。私は心得えて、膝を泥にこすりながらヨタヨタと這いはじめた。彼女はグイグイと手綱をあやつって馬になった私を群衆のすぐ近く迄這わせて、腰をゆすりながら、馬上で勝ち誇ったように嬌声を上げるのだった。
 彼女の豊かな腿に腹をはさまれ、しなやかなお尻の圧力に恍惚として這いまわる中に、私のひざはすりむけて血が滲み、手足がしびれて動けなくなってきた。彼女は私の脇腹に拍車を当てピシリピシリとむき出しの尻を打った。
「ツオーパツオーパ(走れ走れ)」
 彼女の情け容赦ない叱声に、私は無我夢中で「ヒヒーン」と悲鳴をあげ、口から泡を吹きながら這いずりまわった。群集は美貌の騎手と、浅ましい捕虜の珍奇な調教ぶりに歓声を挙げて、私の四ツん這いの姿にののしりとあざけりの雨を降らすのだった。
 それが終わると彼女は私に腰掛けになる事を命じ、地面にうずくまった私の背にユッタリと腰を下ろし、片手にシガレットをはさんで足を組みかえながら、群衆に抗日教育を説くのだった。激しい労役から解かれた私は、その背に彼女の体重を根気よく支えながら、その体温を受けて、ほのぼのとした感情を味わっていた。

 そのような事が数回行われた後、彼女は私の乞いを容れて、私を奴隷として身近く召し使う事になった。激しい軍務から帰った彼女の身体をうやうやしくマッサージする事、彼女の休息の時の寝台、あるいは椅子となり、室内でする乗馬練習の馬代わりとして仕える事が、私の有難い日課となった。
 遂には彼女は私室に於いて一切床を歩く事をしなくなり、すべて私の背に掛け、乗り、跨がってするようになってしまった。

 こうして約5ヵ月、私はその夢のような奴隷生活に幸福感を味わいつつ暮らしたのだが、やがて日本の敗戦を知ってから中共の動きは俄然活発となり、彼女も東奔西走、席のあたたまるひまもなく、私を辱しめる事もまれになった。
 ある日、遂に彼女から刑の免除と釈放を宣告されたのである。私は彼女の脚下にひれ伏し、足先に接吻して刑の続行を哀訴したが許されなかった。

 その後、変転の生活を経て、私は無事日本に帰った。そして平凡な結婚生活に甘んじているが、眠れぬ夜半、独り当時の愉悦を反芻し、君主たりし朱慧蘭の面影と叱声をしのんで悶えている。
(終わり)

(『奇譚クラブ』1954年3月号)

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