全都の銭湯回りをする男
女湯を覗いて有名になった男に、明治時代に池田亀太郎(デバカメ)がいる。が、彼は覗いただけでは満足できず、銭湯帰りの女を擁してデバッたために、捕えられて懲役をくい、少しも得をしなかった。
ところがここに、昭和の現在、女湯を覗いて儲けた男が3人もいる。
その一人殿川君は、筆者の知人で、もう40がらみのオッサンであるが、彼は一つの病があった。どンな病かというと、女湯覗きの変態病。
もっとも、こうした窃視(せっし)欲は、いかなる男──また女にも──でも、多少の差はあれ持っているものなのだが、殿川君のはこの癖が特に強烈であって、日に2度以上は女湯を覗かなければ眠れないというものだ。
性欲に満たされていないわけではない。いささかウバザクラではあるが、豊満肉体の妻もあり、タマには女遊びもするのだが、この女湯覗きだけはどうしてもやめられない。彼の日課のようになっているのだ。
それだけに覗きの術(すべ)は、実に巧妙、これはと狙ったら、たとえ鉄壁の囲いがある女湯でも、必ず目的を遂げる。
ところが、こうした彼が半年ほどの間、失職したことがあった。必然的に生活困窮におちいり、どうにもならなくなったときに、ピーンと彼の脳裏に霊感があった。自分の女湯覗きの癖を金儲けに利用してみようという霊感である。
彼は小膝を打って、この霊感に会心の微笑をもらし、すぐにプランを立てて、実行に着手した。
前にも言ったように、人間の中には誰しも窃視欲──その他の変態性欲も──がある。殊にそれは男性に強い。
たとえば銭湯に行く途中、すぐ前を近所のタバコ屋の看板娘が、同じく湯道具を抱えて歩いていく。そンなときどンな男でも、瞬間、あの娘の入浴姿を覗いてみたいなァと思う。が、大抵の男は、ただ、そう思うだけで、それを実行に移す勇気?はない。
また商店の店員などが、うちへよく買い物に来るどこそこの奥さん、ボクはちょっと岡惚れしてるのだが、あの人の湯に入ってる姿を思うだけで、まさかその奥さんの家の前を見張っていて、風呂へゆくあとを尾けていくほどの暇もないし、よしまた尾けていったところで、危険を冒して女湯覗きまではできない。
こうした人たちをネラッて、殿川君は、先ず自分の家の附近にある2、3の銭湯を手始めに、そこに入浴に来る女たち──といっても、お婆さんや、思春期以下の女の児は例外である──の肉体細見をつくり、それを謄写版刷にして、希望者に販売した。
どこそこの娘の乳はどう、乳首はどう、尻の大きさはどう、割れ目はどう股間はどうと細密に記した物である。
何しろ彼は、芸道(そのみち)の達人で、数限りない女性を手がけて──イヤ股間にかけてきた男であるから、女の股間を外見しただけでも、女がタコであるかキンチャクでオサラであるかが判断できる。
まして「女だけの都」ならぬ女だけの風呂ともあれば、周りが同性だけの気易さから、隠蔽性の強い女でも、グッと股を開いて洗ったりなどするから覗き見ていても、内部が瞥見(べっけん)できるのである。
そこで、股間の事は、特に悉(つぶ)さに記した。
この細見を売ってみると、飛ぶようにさばけた。たちまち品切れ、増刷また増刷。
これに味をしめた彼は、東京中の銭湯覗き見巡りをしながら、それらの湯に入りにくる女の肉体を細密に観察し随次、女たちのあとを尾けて家をたしかめた後、細見をつくっては、それぞれの町々の男たちに売り付けた。
細見は、どこでも大好評で歓迎されなるべくならば、女の入浴姿の写真を入れて欲しいという、希望者からの声が多い。
そのことは彼自身も考えていたことなので、儲けた金の一部で精巧なカメラを購(もと)め、節穴から巧妙に女体の一々を撮影して、それを細見に入れた。
そのため細見の売れ行きはますますよく、殿川君は1、2年のうちに巨万の富を得たのである。
この細見は単に物好きな男から悦ばれたのみでなく、結婚前の男から、沢山の感謝状が来た。
たとえば、自分はどこそこの娘と縁談があるのだが、媒介人も娘の肉体の詳細までは話してくれないで、不安に思っていたところ、貴殿の細見によって、相手の性器の事まで詳しく知ることを得て安心しました。
一方また、この細見は、悪用もされた。たとえば、タコとかキンチャクなどの極上の宝物を持った女を、この細見で知った町の不良たちが、その女を幾人か誘惑して、女衒(ぜげん)や特飲街などに上値で売り飛ばしたことである。
が、学者たちは、学問的にも尊い資料となり、また後世に残る貴重な文献であると、殿川君の細見にこぞって賛辞を送った。
好きな窃視癖を満足させながら、それによって金儲けをし、しかも社会から持てはやされるとは、当代の幸運児である。
覗き料で月7万5000円
もう一人は絹田君といって、まだ23歳の独身のサラリーマン。
何しろ雀の涙ほどの安給料なので、住居費に多くの金を出せぬため、少々汚くてもいいから、安い部屋を安い部屋をと心掛けているうち、あるとき友人が、ロハの安い貸間があると知らせてきた。
ロハより安いものはない。さっそく其所へ行ってみると、倉庫の屋根裏で明かり取り一ツない真っ暗な部屋。
夜は無人なので、倉庫番かたがたタダで貸すというのである。
絹田君は喜んで、即座に借りることを契約し、乏しい荷物を持って、そこへ引き移った。
倉庫の隣は、垣一ツ隔てて、風呂屋と密接しているので、1時頃まで、ガヤガヤと騒がしい人声や物音が聞こえてくる。
移って、初めの2、3日は日中も電気点けっ放しの生活をしてきたが、日曜日になって、これじゃ陰気臭くてやりきれないと考えた。
そこで家主に交渉して、小さな明かり取りをつくることを承諾してもらい、器用な絹田君は自分で窓をつくりはじめた。上部を蝶番(ちょうつがい)でとめて、昼は突ッかい棒で蓋を上げて明かりをとり、夜はパタンと蓋を閉める窓である。
彼は、くり抜いたその窓から、初めて戸外を覗いたとき、思わずハッと胸を躍らせた。すぐ眼の下に、隣の女湯の情景が、近々とくりひろげられているのである。
女の裸体姿といえば郷里にいるとき妹の行水姿よりほか垣間見たことのない絹田君は、女、女の大胆なる裸姿に、思わずウームと唸った。胸がドキドキしてきた。
隣は無人の倉庫であるとの安心感からか、入浴中の女たちは、絹田君の方に少しも気付かぬらしい。絹田君は胸を落着け、ジッと女湯のウチへ眼を凝らした。見ているうちに眼がクラクラしてきた。クラクラしながらも、肉体の方は、完全に遂情(すいじょう)していた。
そしてそれから、絹田君は、夜床に就くまで、その窓にヘバリついたままだった。腹はすいていたが、外食券食堂へ食事に行く時間が惜しかった。その間に、すばらしい肉体の女が、湯に入ってきそうな気がするのである。
翌日から、彼は、会社が退けると、早々に屋根裏の自分の部屋に戻り、窓にしがみついた。いろいろな女のいろいろな肉体といろいろな入浴ぶりを鑑賞した。
特に、女たちの局部の洗いぶりが一番興味があった。
処女らしい若い女はほとんどが局部を洗わない。洗っても、腹などを洗うとき、ついでのように、ザッと撫でる程度。
また人妻らしい女になると、かならず局部を洗うが、その洗い方も各人各様であって、まだ新婚間もない若妻らしい女は、カランの方に向って腿のあたりを擦る風をしながら、すばやく外陰唇から内陰唇の方まで洗ってしまう。
これが、結婚後2、3年から4、5年くらいも経たらしい人妻になると、脚を半開きくらいに開いて、石鹸をつけた手でワギナの中まで丹念に洗う。
また、これが中年の人妻になると、局部の周りを石鹸で洗いながら恥毛、外陰唇、内陰唇は申すに及ばず、ワギナから外陰部、肛門部のあたりまで、悠々と洗いまくる大胆さである。
肉体も処女には処女の美しさ、若妻には若妻の美しさ、年増には年増の美しさがあって、それぞれに眺め見飽かぬ楽しさであった。
女湯覗きの眼が肥えていくとともに彼のオナニー癖は日に増し烈しくなりこの家に移って来るまでは、週に2、3回くらいだったのが、連日となり、それが日に2度、3度が4度と回を増していった。
正にオナニズムの地獄である。
ご承知のことと思うがオナニーというものは、適度に行っていれば、精神にも肉体にも決して害はないものである。が、過度に渡れば、房事の過度と同じく、心身を消耗させる。
絹田君はだんだんと憔悴していった。そして、ついに病の床に臥すようになってしまった。
会社の同僚が、心配して2、3人で見舞いに来た。そのとき、一人が、暑いからとて、閉っていた例の明かり取りの窓を開けようとした。
「そこは開けないでくれ」
絹田君は慌ててとめた。
「どうして? ……さては、ここに何か秘密があるナ」
友達は、絹田君の顔色から何かを読んで、とめるのもきかず、無理に押し開けた。とたん、友達はオッと感嘆の声をあげた。
「こいつァ、凄い」
こう言ったので、あとの二人が、ドレドレと窓に寄ってきた。そして、同じように、ホゥーとうめいた。
「これで絹田の病気の原因が分かった。オイ、このすばらしい眺めを、お前一人で楽しもうとするから、そンな病気になるンだゾ。こういう風景は誰でも見たがっているンだ。大勢に見せてやったがいい。ただし、ロハで見せることはない。お前も金無しなンだから、観覧料をとって見せるンだよ、会員はぼくたちが集めてやる」
友達は、口を揃えて、こう絹田君にすすめ、承認させた。
たちまちのうちに、会員が50人ほど集った。それらの人たちから、一人100円の料金をとって、女湯を鑑賞させた。
会員はすぐに倍になった。会費だけで、月1万円の収入である。絹田君は、双眼鏡を1個購め、この貸料50円をとって、希望の会員に貸した。
だんだん商売気が出てきて、彼は、自分でも会員を勧誘して歩くので、今では、約500人の会員が、毎夜20人ほどもこの屋根裏に詰め掛けて、女体の鑑賞にウツツを抜かしている。
会費を、双眼鏡の貸料とも、一人150円徴収するとして、一ヶ月7万5000円を、居ながらにして儲けている絹田君である。
女湯の同性愛秘戯を覗いて
あとの一人は女性である。しかも、まだ花羞かしき20歳の美術学生。その名は細井鮎子さん。
鮎子さんは好きで入った画学校であるが、父親が事業に失敗したため、学費がつづかなくなってしまった。が、学校はやめたくない。
勢いアルバイトをしなければならなくなった。そのアルバイトも、学費稼ぎのみでなく、独り子の彼女は、一家の生活費も稼ぎ出さなければならないのだから、普通のバイトでは、到底ダメなのである。
何がよかろうかと色々思案したり、方々に口をかけている矢先、ある画商から思いきって春画を描いてみないかとすすめられた。
彼女は、春画そのものを決して軽蔑していない。もっとも、そんじょそこらで秘密に売っているような、くだらないそれは価値がないが、歌麿とか写楽あたりの描いた春画は、立派な芸術品であると、彼女は思っている。
いつか、上野の博物館に秘蔵されている、それら浮世絵画家の描いた春画を一度見たことがあるが、線にいささかの狂いもなく、立派な物だったことを覚えている。
だから、彼女は、普通の女性のように、春画を描くことに、いささかの自恥も感じない。要は、芸術品として残るほどの春画を描けるかという問題である。
それに、彼女は、まだタダの一度も男と肌えは経験はないので、春画の題材である性交の各種各態の場面が、想像もつかない。
それで、その画商には生返事をしておいた。ところが、ある夜遅くなって、自宅への道を歩いていると、道筋のある家の湯殿から、ただならぬ人声を聞いたのである。それは、いまにも息を引き取りそうに、急迫した女の声なのだ。
どうしたのだろう誰か風呂の中で心臓マヒでも起こして苦しんでいるのじゃあるまいかと、その湯殿のそばへ近付き、曇りガラスの窓を細目に開けて、内を覗いてみた。瞬間、鮎子さんは、息もとまるばかりに驚いた。そこには二人の女が、同性愛秘戯の最中なのである。
一人は、その家の主婦らしい34、5の中年女で、これは男の位置になっており、も一人は、この家の女中らしいまだ19くらいの娘、秘具を用いて、楽しんでいる。
驚きながらも、そこは美術学生、ジッと眼を凝らして観察しながら、彼女は、これだ! と心中で叫んだ。
彼女は、すばやく抱えていた画板をひらいて、窓明かりをたよりに、湯殿の内の姿態を、2、3枚スケッチした。
その夜、家に戻ってから、彼女は家人が寝鎮まるのを待ち、自分の部屋に閉じこもって、さっきのスケッチを元に、春画を描きはじめた。
なまめかしい線を描くとき、またそこへ色彩をほどこすときなど、同性の物とは言いながら、さすがに欲情の昂まるのを覚えた。
一心不乱に描きあげて、手にとってみると、われながら意を得た物に出来ていた。
翌日、さっそく、例の画商を訪ねてその絵を示した。
「これは見事だ!」
画商は感嘆の声をあげた。
「誰に見せても恥ずかしくない出来栄えです。それに男と女を描いた春画はたくさんあるが、女同士の物は珍しいです。あなたさえよかったら、次もどんどん描いてください」
こう讃嘆して、画商は、彼女が思っていたより、遙かに高価に、彼女の絵を引きとってくれた。
嬉しかった。が、これに気をよくして、春画だけになってしまってはいけないと、自覚し、本画(日本画)を勉強する傍ら、暇を見て春画を描こうと心にきめた。
時々、夜遅く家を抜け出して、例の家の湯殿へ覗きに行った。そこでは、あいかわらず、二人の女が同性愛をくりひろげていた。いつも、いろいろ姿態が変っている。
鮎子さんは、その一々を手早くスケッチしては、春画を描いた。女同士の秘戯姿態のみではなく、男女の秘戯姿態をも、スケッチを基にして描いてみた。
描くたびに、欲情は、ますます昂まっていく。欲情の昂まったとき描いたものに、絵もすぐれていた。
彼女の春画は好事家の間は好評らしく、画商はドシドシ描いてくれと催促し、金は要るたびに前貸しもしてくれる。
生活が逼迫しているので、金は幾らでも欲しい。何とか父親を再興させてやりたい。
彼女は泥(なず)むまい泥むまいと思いながらも金欲しさに、春画に精を出すようになった。そのため、収入はどんどんふえていった。若い女の細腕で、月5、6万からの稼ぎを出すようになった。
彼女は、自分の春画のモデルになってくれた──先方は知らぬながらも例の二人の女にだんだん親しみを覚えてきた。出来ることなら、自分の不遜な行動を詫びて、許しを乞いたいのだが、それができぬなら、せめて親しくなって、感謝のしるしをささげたいと思った。
そして、ある時、その二人の女の外出の途上を待って、言葉をかけ、一緒に茶を喫した。これが機会となって、二人とだんだん親しくなった。そして、中年夫人の方から、ある秘密、聴くことを得たのである。
それによると、その女の夫というのが性的不能者で、少しも自分を満足させてくれないことから、男との浮気もできぬままに、女中との同性愛がはじまったのだそうな。
ところが話はもっと面白くなる。後から、画商から聞くところによると、彼女が描いた春画を喜んで購う好事家の一人が、その夫であったのだ。
性的不能者とは、自分が正当な性行為ができぬために、このような春画を蒐めて悦んでいるのであろうが、何という廻り合わせだろう。自分の妻がモデルにされた春画を、それとは知らずに、その夫が大枚の金で購めて、楽しんでいるとは!
(デカメロン 昭和27年9月号)
